私のクリスタルストーリー   アリゾナ・ツーソンへの道

私のクリスタルストーリー

毎年2月に一か月に渡りアリゾナ州ツーソンで開催されるミネラルショーは世界最大規模。

この時期、世界中の石の業者がツーソンの街に集合し、自慢の鉱物やクリスタル、果ては化石まで持ち寄って競って販売し合います。

ツーソン市内の目ぼしいホテルは全てショー会場となり、幕張メッセのような会場がいくつもある、という感じで1〜2週間ではとてもまわりきれない規模です。

ツーソンに行って仕入れをしてみたい、とずっと思ってはいたものの、ネットで集められる具体的な情報はほとんどないし、周りにツーソンに行ったことのある人も皆無、ツアーのようなものない、という状態でした。

まずこの時期ツーソンに宿を見つけることの難しさ、土地勘が無い上に会場間を結ぶシャトルバスの情報や、系統だった会場案内もなく、空港からの移動手段も自分でレンタカーして移動するしかない・・・・チョプラセンターのように至れり尽くせりのリゾートとは訳が違います。

まったく行ける気がしない・・・そんな感じでした。

ところがそんな事態を一変してしまう出会いがアメリカ滞在の最終日にあったのです。

最終のワークショップはコロラド州デンバー、ウェスティンホテルにて開かれました。

最終日、全ての講義を終えて、挨拶も済ませ、フロントでチェックアウトも終えた私は空港に向かう前にランチを食べていました。

全行程を終えて、明日には日本にいる息子に会えるかと思うと、しばらく前から感じていたホームシックが最高潮に達していて、とにかく早く帰って子供の顔が見たい、そのことで頭が一杯でした。

その時一人の男性が私の隣に座って話しかけてきました。

チョプラセンターでは食事のときはフリーシートで思い思いの場所に座り、隣り合った人とカジュアルにおしゃべりを楽しむという習慣があります。

でもその時の私の心はすっかり日本に飛んでしまっていて、正直男性の話がまったく頭に入ってこないでうやむやな返事ばかりしていたように思います。

すると男性が『今度はいつアメリカに来るの?』と。

私はまったく予定が立っていなかったにも関わらず何故かとっさに

『2月にツーソンのジェムショーに行きたいと思っています。』と言ってしまいました。

すると彼は一瞬驚いたような顔をして、それからにっこりして

『僕はどこに住んでいると思う?』というのです。

それからテーブルの向かいに住んでいる女性を指して

『僕とワイフのアシュレーはツーソンに住んでいるんだよ』

『ツーソンに来るなら僕たちの家に泊まりなさい』と。

これが後にアリゾナの家族と思うほど親しくなったロブとアシュレー夫妻との出会いでした。

結局その時は名刺を交換して、偶然の一致に驚いたものの私はその会話のことはすっかり忘れていました。

ところが帰国後しばらくしてロブとアシュレー夫妻からメールが届き、自宅の写真を見せてもらったりお互いの情報交換をしているうちに、何度も誘われ・・・行ってみようかな?と思うようになりました。

でも周囲の人間が、ほとんど知らない人の家に泊まるなんて危険だからダメ!って猛反対すると思ったのですが、何故かみんなあっさりOK!で・・・・普通だったらあり得ない流れが段々現実的になってしまったのです。

勇気を出して行ってみると、ロブとアシュレー夫妻は車で1時間もかかる空港まで迎えに来てくれ(車があるからレンタカーは必要ない、と言うのです)1週間の間、ツーソン市内への送り向かい、仕入れにまで全て同行していただき、寝食全てお世話になりました。

ロブとアシュレーはツーソンの市内から30分ほど離れた美しい国立公園の中に素敵な家を持っていて、愛馬2頭と一緒に暮らしています。

ゲスト用の寝室に寝泊まりし、朝は雄大な公園を散歩。

山と砂漠、サボテンの公園には原住民が描いた絵文字や太陽のマークが残っていて、野性的な世界に浸りました。

ほとんど面識の無い日本人の私にここまで親切にしてくれるご家族がしかもツーソンで見つかるなんてほとんど奇跡に近いことだと思っています。

私なりに恩返しがしたいと思っているのですが、ご夫妻は何度誘っても日本には来てくれず、今のところ、滞在中に和食を作ったり、お茶会の真似事をして遊んだり・・・その程度のことしか出来ていません。

2年前に東北の大震災が起きた時には、『ちはるの家族中、全員いつでも来て好きなだけ滞在していいのよ。』と温かいメッセージをいただいて、パソコンの前で泣いてしまいました。

こんな風に、ツーソンの街とは不思議なご縁ができました。

なんとなく、ツーソンの街が向こうから私に向かって扉を開いて手招きしてくれた、そんな感覚です。

私のクリスタルストーリー ? につづく

ツーソンで出会ったクリスタル達