お金か愛か天秤

今世紀最大の覚者の言葉~真実の愛って…

お金か愛か天秤

 

 

皆さま、こんにちは。

引き寄せ幸運体質へ☆彡天空のサロン「セレスチャル」で施術を担当させていただいているマリアです。

 

最近、電車の中吊り広告で「お金2.0」という大変興味深い本を知りまして、時間を見つけて読んでみていと思っています♪

その広告には、ホリモエンの推薦分も書かれていましたよ!

「前略~今後お金はどんどん余っていくだろう。お金のために働く時代はもう終わる」と…

※「お金が余る…」=お金の価値がなくなるということでしょうから、一度、金融崩壊は訪れるのでしょう。

 

★探してみたおもしろそうな記事 → ホリエモン「これからお金は不要になるよ!」

 

昨年位からは、インターネットを超える変容といわれる「仮想通貨」というものも出てきて、最近かなり話題にもなっていますね!?

 

 

仮想通貨は始まりにすぎない

 

 

私は、子供の頃からなぜお金があるのか不思議で仕方なかったし、数年前からパラダイムシフトにより、貨幣制度や結婚制度などは崩壊する時がくると思っていて、その頃は変な人と思われていたと思うのですが(笑)、思っていたよりは遠くないうちに、本当にそういう時代がやってくるようです!?

西洋占星術においても

★昨年12月に30年ぶりに土星が射手座から山羊座へ
★来年の5月には天王星が牡羊座から牡牛座へ

そして、その流れを象徴するかののうに2019年には新天皇が即位…

本当に国家単位というか地球規模で時代が大きく変わろうとしています☆彡☆彡☆彡

 

 

結婚式とブーケ

 

 

蠍座木星期ということもあってか「結魂」という言葉が流行り出していますが、「結魂」=制度としての「結婚」とは限らないし、一緒に住んでいてもそれが真実の愛とも限らないし、お金というものが価値を持たなくなった時、どういう意識であればいいのか、今から準備しておきたいものですね。

クリスタルは、そういうった意識の進化成長(=ライトボディ化やクリスタルボディ化)のサポートのためにあると、私は感じています。

まずは、理屈抜きに、セレスチャルのクリスタルを最大限に生かしたヒーリングマッサージ、ぜひ受けてみて下さ~い☆彡

 

 

エレスチャル金ルチルのアップ3

 

 

それでは、結婚したい女性にとってはかなりな衝撃的な内容ですが、ツインソウルという唯一無二の愛を真摯に求める女性へ、今世紀最大の覚者といわれるOSHOの名言をどうぞ❤

 

 

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新しい意識は、結婚のような制度とは何の関わりもない。

新しい人間は、制度としての結婚には、自然な不信を抱くだろう。

新しい人間にとって男女の関係は、互いに高め合い、成長し合い、流れる関係であって、初めて深い価値を持つようになる。

儀式としても結婚や、およそ永遠ではないことを証明するような永遠の誓いなど、少しも気にかけない。

瞬間を愛し、それを完全に生き切る。

結婚に未来はない。

愛には未来がある。

過去には、愛は現実ではなく、結婚が現実だった。

未来では、愛が現実になり、結婚はますます現実味を失う。

過去には、人々は結婚し、その為に少しずつ好きになり、愛するようになっていった。

未来では、人々は互いに好きになり、愛し合い、そうなって初めて一緒に暮らすようになる。

過去では、まず一緒に暮らすことが先だった。

当然、一緒に暮らすと好きという気持ちが生じ、依存が生まれる。

それは必要現象だったのだ。

夫は妻を必要とし、妻は夫を必要とし、そして子供達が、一緒に暮らす親を必要とした。

それは多かれ少なかれ、経済現象だった。

とにかく、愛から出たものではなかった。

未来は、純粋に愛に基づき、愛がある間だけ存続するという、違った種類の関係を経験することになる。

生において、永遠のものは何ひとつないからだ。

永遠なのは、造花だけだ。

本物のバラは朝に生まれ。夕方にはなくなっている。

が、それが彼らの美しさだ。

生まれる時も美しくその花びらがしおれていく時も美しい。

その生は美しく、その生は美しく、その死は美しい。

何故なら、生気があるからだ。

造花は決して生まれず、決して生きず、決して死なない。

結婚は、過去における造花だった。

新しい種類の親しさ、友情を創造しなければならなくなる。

愛、そしてあらゆるものごと、その永遠ではない瞬間と共に生きることを、学ばなければならなくなる。

※危険と共に生きる。

生の非永遠性と共に生きるには、ガッツがいる。

何故なら。いつも何かが変化し、そのたびにあなたは、自分がかえなければならないからだ。

人は一定のままでいたがる…その方が安全で、安心のように思えるのだ。

古い人間はそうやって生きてきた。

古い人間は冒険を好まなかった。

その全ての関心は、安全性にあった。

新しい人間は、冒険心を持つことになる。

その関心は安全性にはなく、関心はエクスタシーにある。

人は「私はが知らないが、知ることに関心がある。私にはどんな次元、どんな冒険にも入っていく用意がある」と言えるだけの能力と、勇気を持つことになる。

新しい人間には、危険を冒す用意がある。

古い人間は、非常にビジネスライクで、危険を冒す用意は全くなかった。

危険とは呪いのことで、安全こそが古い人間のゴールだったのだ。

だが安全と共に、あなたは死に始める。

生がより高く、より高く豊かさを増して成長していくのは、ヒマラヤの幾つもの頂きに届くのは、冒険、絶えるこののない冒険の中でのみだ。